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 雨上がりの午後、柔らかな雨季の日差しが紫外線完全遮断の窓ガラスから教室内に降り注ぐ。窓の外は木々も花も空も彩度が上がったようにみずみずしく色づいて見える。
 ぼくはスクレモール人形院中等部3年4組出席番号1番、あぞらん(Azoran)。…別にクラスで一番成績がいいわけじゃない。単に名前が「A」で始まるから…というだけのことだ。
 次の科目はぼくも他のクラスメイトの大半も大好きな総合リクリエイションだ。…まあ、平たく言えば「性技など」だけど。この教科の担当は担任でもあるイワシ先生だ。
「みんなー、大浴場に集合だって!」
 褐色の肌のショコラハーフの少女、クラス委員長のシランバが嬉しそうにイワシ先生からの伝言を伝える。今日は校舎の地下にある大浴場でこの授業をするらしい。休み時間でゲームをしていた者たちもそれを切り上げてぞろぞろ、わいわい、がやがや…みんなで更衣室に向かう。

 更衣室は男女(雌雄)別にはなっていない。オスの有機人形にはいわゆる「男らしい」者もいるが、ぼくも含めて服を着たままだと性別がわかりにくい者の方が多い。このスクレモール人形院の制服は何種類かあるが、特に男子用・女子用と決まっているわけじゃない。ぼくは精神的には男だけど、あまり男らしい格好をするのは好きじゃない。下の制服はたいていスカートだ。
 そんな男女の有機人形たちが大勢できゃあきゃあとお互いの体を触りあったり、ふざけあいながら服を脱ぐ。
「きゃはっ」
 黒髪のスノーホワイトクウォーターの少女シュークが背後からそおっと近づいてぼくの制服を脱がそうとする。
「いいよお。自分で脱げるから…」
 抵抗するも及ばず、シュークは力ずくでぼくのジャケットとブラウスをいっぺんに脱がした。うーん、腕力ではシューク相手に勝ち目はないか…。
 シュークはぼくより二回り大柄だ。…というよりぼくがかなり小柄なのだけど。ぼくには幼形成熟有機人形の品種「ロリータ」の血が半分混じっているから。
 更衣室の扉が再び開いて、遅れてきたクラスメイト数人に続いてイワシ先生の巨躯が入ってくる。みんなもふざけあうのを一瞬やめてイワシ先生に挨拶する。
 イワシ先生は人気者だ。脱ぎ終わった一部の女子はイワシ先生の太い腕にぶら下がったり、背中に飛びついたりしている。
「もう、何やってるの。イワシ先生が服を脱げないでしょう?」
 シランバがちょっと頬を赤らめてクラス委員長らしく注意する。
 イワシ先生が苦笑しながらまとわり付く女子を下ろして白いローブに続いて下着を脱ぐ。その股間には何も付いていない。イワシ先生は宦官、それもサイバネティック・カストラート(サイボーグ宦官)だ。
 そしていつものように、服を脱いでもゴーグルは外さない。イワシ先生に限らず、サイボーグ宦官の先生がゴーグルを外したところを見たことはない。サイボーグ宦官は戦闘要員でもあるから常に警備システムから情報が送られてくるゴーグルを外せないそうだ。
 でも、ぼくが入学してからは泥棒や強盗・誘拐団が校内に闖入したことは一度もない。まあ、ぼくたちのようなあまりレベルの高くない有機人形を攫ってもそれに見合った報酬は得られないだろう。もっと高レベルの人形院では武装集団による襲撃・誘拐事件がたまにあるらしい。

 全裸になった者から順に(それでもやっぱりだらだらしながら)反対側の扉を開けて大浴場に入る。滑ると危ないので走ったり飛び跳ねたりする者はいないけど。
 ぼくもシュークと手をつないで大浴場に足を踏み入れる。外界から光を取り入れているのか、天井は高くて明るい。体育館ぐらいの広い空間は模造岩で囲まれ、あちこちにヘリコニアやらオオタニワタリやら熱帯植物が植えられている。
 シランバをはじめ、他のクラスメイトたちも次々に入ってくる。遅れてイワシ先生も更衣室の方を気にかけながらこの空間に足を踏み入れた。
 とりあえずみんな整列する。整列しながらもみんな仲のよいクラスメイトの体を触ったりしてふざけあっている。イワシ先生も特に注意しない。「しょうがないなあ」というような顔で見ているだけだ。1、2年のときの担任の先生は共にわりと厳しく、ふざけていると注意された(暴力を振るわれたことはなかったが)。みんなもそうだろうけど、やっぱり優しい先生の方がいい。
 イワシ先生がさっきからずっと気にかけていた更衣室の扉が開いて、ショートボブの黒髪の少女がぱたぱたと駆け込んできた。…そして、足を滑らせてすてーんと尻餅をついた。ああ、言わんこっちゃない。風呂場は走っちゃだめだって。
「あはっ」
 転んだ少女は照れ隠しに笑う。彼女の名はマリカナ。
 イワシ先生が大げさに「大丈夫か?」と駆け寄る。転び方からして怪我はないと思うけど…。
 マリカナは純血種の血があまり濃くないらしく、人間の少女に近い容貌だ。テレパス能力もなく(この能力のない有機人形はこのクラスにも他に数人いる)、成績も下位の方だ。そして…うーん…なんというか、鈍くて要領が悪い。露骨に彼女に辛く当たる教師もいる。
 でもマリカナには周りを和やかな雰囲気にするものがある。うまく言えないのだけど、なんとなくみんな「彼女を助けてあげたい」という気持ちになる。
 イワシ先生も担任としてはこういった手のかかる生徒の方が可愛いのかもしれない。他の教師と比べてあまりえこひいきをしないイワシ先生もマリカナには甘い。
 全員揃ったところで点呼して、あとはめいめい気の合った者同士に別れて好きなようにする。イワシ先生の「総合リクリエーション」はだいたいいつもこんな感じ、ほぼ自習と同じだ。おまけにイワシ先生は大のお風呂好き、温泉好きだ。「総合リクリエーション」の場として地下の大浴場を選ぶことが多いのは単に自分が風呂でゆっくりしたいだけなのだろう。
 以前の担当教官の中には宦官でも道具や人形を使ったりして熱心に教える先生もいたけど、イワシ先生はこの科目に関してはあまりやる気を見せない。
「わかってるとは思うが、愛撫までだぞ。性器の挿入を伴う性行為はしちゃだめだぞ。…まあ、どうしてもって言うなら別にしてもかまわんが…」
 思わず「どっちなんだよ」と言いたくなるかもしれないが、まあ前者、すなわち挿入禁止がイワシ先生の本意だろう。なぜなら挿入行為をした場合、女子は卒業直前に処女膜再生手術をしなければならないからだ。
 このスクレモール人形院のような共学の人形院は少数派だ。人形院のレベルが上がるにつれ、男女共学はほぼなくなる。一般に上級の顧客ほど、いわゆる「傷物」を好まないからだ。特に女の子には宦官以外の男性に一切触れさせないところも多い。人間ではカルト集団や一部の中世的部族以外、絶滅しつつある「箱入り」「純心」などといったものが有難がられるのだ。
 このスクレモール人形院出身有機人形はそれとは逆に「おおらかで開放的」なところが売りらしいが、低レベルの人形院ではそういうのは別に珍しくないから特に他との差別化にはならない。まあ、いかに「おおらか」といえど、ある程度は取り繕わなければならないから、それが卒業前の「処女膜再生手術」なのだろう。そういう手術をやらずに済むのに越したことはないけど。
 このクラスはだいたい2:1の割合で女子の方が多いが、別に男女1:1で組まなければいけないわけじゃない。同性同士でもハーレム状態でも、あるいは男女複数ずつでもいい。そして何よりも一番人気のイワシ先生の周りには常に数人の女子が取り囲んでいる。むしろ男子の方があぶれることが多いかも知れない。ぼくは女子の間ではそれほど人気のある方ではないけど、なぜかシュークにだけは好かれている。
 ぼくはいつものようにシュークと二人きりになって、白いカトレアが咲く奥の方に行く。たまに他の女子や男子が加わることもあるが、シュークと二人きりの方がいい。まあ何というか、楽だ。
 ぼくとシュークはお互いに面と向かい合う。そしてシュークの胸を愛撫しようとするが、それよりも早く力ずくで押し倒されてペニスをしゃぶられる。今日のシュークは攻め役をやりたいようだ。
 シュークはぼくの体のことならぼく以上に詳しく知っている。ぼくもシュークの体についてはシューク以上に知っていると思うけど、シュークの舌技の気持ちよさに腰が抜けてしまい、もう反撃できない。
「くうううぅぅぅ。だめ…許して…」
 ぼくは情けなく声を出して許しを請う。シュークは意地悪そうに上目遣いで微笑む。
「どうして欲しいのかな?」
「だ…出させてください…」
「だーめ」
 シュークはわざとぼくが射精しないように、ぎりぎりのところで止める。ぼくがどんなに射精したくても刺激されたまま、出させてもらえないのだ。ぼくはその快感に身をよじって泣き咽ぶ。そしてそれこそシュークが求めているものなのだ。
 テレパス能力者同士の愛撫・セックスは相手の快感が即、自身の快感になる。100%同じ感覚を味わえるわけではないが、親しい相手なら快感をかなり共有できる。しかもシュークはぼくよりもこの能力が強い…。つまりシュークはフェラチオしながら、自らもフェラチオされているぼくの快感をも味わっているのだ。
(もう…だめ…)
 射精しそうになるその刹那、ぼくはシュークの後方に、快感の集中を乱すものの存在を認めた。
「ごめーん、邪魔しちゃって」
 クラス委員長のシランバがマリカナと二人連れでそこにいた。
 シュークは振り向きながら、ある意味ぼくよりも不機嫌そうに二人を見つめる。シランバはかなりばつが悪そうに「すまない」といった手振りを示す。マリカナは恥ずかしそうにもじもじしている。
 シランバが切り出す。
「先生がちょっと疲れてるみたいなのよ。みんなの相手をできそうもないから、代わりにマリカナの相手だけでもしてあげて」
 向こうを見ると確かにイワシ先生は湯船に浸かったまま寝ているようだ。時々カックンと動く。視力がそんなに良くなくてもそのくらいはわかる。「しょうがないな…」と一瞬思ったが、そういえばここ数日、イワシ先生は疲れたような表情を見せることも多かった。ぼくたちの卒業を近くに控え、いろいろ激務なのだろう。
 責任感の人一倍強いシランバはイワシ先生と一緒にいた子たちをあちこちのグループに振り分けているのだ。シュークもぼくもどちらかというと二人きりの方がいいが、マリカナを拒絶するのは良くないし、別に断る理由もない。
「いいよ。一緒にあぞらんを苛めちゃお」
 シュークは微笑んでマリカナを誘ったが、ひそかに喜びの気持ちが半減しているのが感じ取れた。本人が自覚しているのかどうかはわからないが…。
 シランバはぼくたちには加わらずに別のグループの方に行く。
 シュークに促されてマリカナが遠慮がちに顔を赤らめながらぼくのペニスを口に含む。マリカナは総合リクリエーションでは宦官のイワシ先生と一緒にいることが多いので、本物のペニスをあまり口にしたことがないらしい。おまけにテレパス能力もないから…上手とはいえない。
 それでもシュークのレクチャーのおかげで、だんだん気持ちよくなっていき…それにマリカナは何をやるのも一生懸命だ。イワシ先生ほどではないにしろ、ぼくに対してもある程度の好意を抱いているのがわかる。…だからシランバはマリカナをぼくのところに振り当てたのだろうけど。
 ぼくは我慢できずに出してしまった。シュークはさすがにちょっと不快感を示した。…ごめんなさい。

 それからのシュークは今まで以上に意地悪だった。マリカナを上手く使って二人がかりでぼくの下半身を苛めるのだ。でもそんなシュークを可愛いとも思うし、二回目と三回目はちゃんとシュークの方に出した。
 ぼくは今、シュークを愛している。マリカナも可愛いとは思うけど、シュークと二股をかける気には全くならない。その気持ちに嘘偽りはない。
 スクレモール人形院の地下の大浴場で、卒業を一ヵ月後に控えて、そう思う。仮のご主人さま、イワシ先生にそう誓ってもいい。
 …そのイワシ先生は時限の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、湯船に浸かったままいびきをかいていた。

                                     に続く

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