3

 マフィアの面々が出ていった「こんだら亭」の店内で、ぼくたちは清掃作業をしている。マフィアがロビーで女を殺して解体していたためだ。もちろんマフィアの連中は下にビニールシートなど敷いてはくれなかった。鮮血が床に溜まり、一部は壁にも飛び散った。
 警察もマフィアによる殺人を黙認していたのだから、殺人事件の検証の為に現場を保存する必要はない。むしろ下手に保存しておいたら痛い腹を探られるどころか、犯人に仕立て上げられる可能性すらある。
 …でもそのおかげで血の匂いが完全に建物に染み込まないうちに拭き取れる…かもしれない。
 とにかく今夜、こんだら亭は臨時休業だ。いや、営業していたところでお客様が一人でも来るか甚だ疑問なのだけれど…。
 マフィアがいたときは奥に隠れていた有機人形たちも大勢出てきて、一緒にはいつくばって床を拭いている。ぼくたちがマフィアに応対しているとき、もし他の有機人形が不用意に出てきたらカラジオが余計な皮算用をしてイワシ先生の「1億D」の一言も無駄になるかもしれなかった。出てこないのが正解なのだ。
 今はイワシ先生やパンテル・ネビュルーズ、シュークも一緒になって雑巾に力をこめている。あの惨劇のショックを少しでも和らげようと皆で雑談をしながら…。
 ここで血を拭き取りながら全員一通り自己紹介をしてくれた。同じスクレモール人形院出身でイワシ先生の教え子でも半分以上は初対面だ。肉体改造されて前とはかなり外見が違っている者もいる。
 ただ、このときはこんだら亭にいた有機人形全員が血を拭き取りに出てきたわけではなかった。
 ここで初めて知り合った仲間、元からの知り合いだった仲間はおいおい少しずつ紹介していこうと思う。そしてこれからも今日のぼくのようにイワシ先生を訪ねてくる教え子たちが次々に集まってくるだろう。

 こんだら亭の地下一階には個室風呂がいくつかあって、そこでは有機人形たちがお客様にサービスを提供することができるようになっている。さすがに風呂は古代ニホン風ではなく、近代的で清潔な感じのする白一色のユニットバスだ。
 そのユニットバスでぼくはシュークと一緒に清掃作業で体に染みついた血の匂いを洗い流している。みんなで作業をしたら思ったより早く終わった。シュークと一緒にお風呂に入るのは二年ぶりのことだ。もっとも二人だけで入るのは実は初めてだけれど。
 シュークの肌はスノーホワイトの血を引くだけあって色白できめ細かい。そして胸は二年前より明らかに膨らんでいた。もちろんシュークはマスクを外している。ぼくは初めて正面からシュークのヴァギナ状に改造された口を見た。まるで本物みたいだ。ちなみに本物のヴァギナはシュークの股間にちゃんとあった。
 ぼくとシュークは並んで風呂場用の椅子に座って髪と体を洗う。シュークの美しい黒髪が水に濡れて艶を増す。ぼくはシュークの黒髪を指に絡めながら言う。
「やっぱりシュークは今まで見た誰よりもきれいだ」
 シュークの偽ヴァギナが動く。
「ありがと。…ところでその左手の傷、どうしたの?」
「来る途中、嫌な連中に襲われてね…。命は助かったけど…このことはあまり話したくない」
 シュークに嘘は通じない。とりあえずそう言っておけばそれ以上は追求しにくいような回答をした。
「…じゃあ、そのヘルメットみたいなの…体の一部なの?」
 シュークは二発目で核心を突いてきた。清掃作業中の自己紹介のときはヘルメット状のものについて訊かれたら適当に話題をそらしたが、裸になってまでヘルメットを被っていたのではさすがにごまかせない。
「…うん、頭の皮膚とつながってる。おかげで髪を洗ったり手入れしたりするのが面倒になった」
「改造したのは誰?」
 ぼくは心を空にして答える。
「いずれ話すと思うけど、今はまだ言えない。…ごめん。イワシ先生とも相談しなくちゃいけないし…」
 こんだら亭のドアを開けるずっと前、通りに入ったあたりからぼくはずっと心に蓋をして余計なことは考えないようにしていた。この答えも幾通りか用意していたものの一つだ。単なるテレパス能力者が相手なら追求されても切り抜けられるだろう。
 シュークはどう解釈するだろう? 「あぞらんは脱走・逃亡有機人形で正体がばれるとまずいから明かさない」とでも思うだろうか? まあ、まるきり間違っているわけではないけど…。
「…じゃあ、そのヘルメットは頭を防護するため? それとも別に何かあるの?」
「一応、頭を守るためでもある…。実は結構軽いんだ」
「…あはっ。でもおかげでわたしと同じくらいの身長になったね」
 シュークは深く追求してこなかった。事情を察してくれたのだろうか? 軽くカウンターを打ってきたけど。
 確かにぼくの目線は身長160センチのシュークより下にある。ヘルメットなしだと150センチ弱だろうか? 幼形成熟する有機人形の品種「ロリータ」の血が半分混じっているからだ。でもコンプレックスを感じたことはない。他の有機人形もほとんどそうだろうけど、ぼくは自分自身のこの幼く見える小さな体を結構気に入っている。背の高い有機人形もそれはそれで格好いいと思うけど。
「いつかあぞらんが自分のことを話す時が来たらイワシ先生の次にわたしに聞かせてね。本当の名前も…」
「うん、わかった。約束する」
 これは本心からそう答えた。
 シュークはぼくを後ろから抱きしめてきた。二つの柔らかなふくらみが背中に当たる。思わずぼくのペニスが勃起して、少し皮に隠れていた亀頭が完全に顔を出す。
「あぞらん、かわいっ!」
 シュークは後ろから体をひねって左手でぼくのペニスの根元を押さえ、ぼくの下半身に顔を近づけて偽ヴァギナ=口に含もうとしてやめた。
「…女の匂いがする」
 …いや、本当にシュークは鋭い。確かにぼくの下半身から女の匂いがしてもおかしくはないけど…。
「…誤解だ! ぼくはシュークが疑っているようなことはしてない!」
「本当?」
「うん! 誓う! …説明は難しいけど。口で言ってもなかなか信じてはくれないだろうけど…」
 シュークはぼくを正面から抱きしめる。シュークの心が触手のように伸びてぼくの感情を包み込むように探る。少なくともぼくはやましいことは何もしていない。ぼくはシュークのテレパスを真っ向から受け止めた。シュークの感情が少しずつ和らいでゆくのを感じる。
「あはっ、でもよく考えてみればわたし、ちょっと変だね。わたしもあぞらんもこれからたくさんのお客様を相手にしなきゃいけないのにね」
 有機人形は一般的に特定の相手にだけ恋愛感情を抱くようにできている。大抵の場合、その相手は「ご主人さま」だが、ご主人さまが恋愛の対象たりえず、他者との恋愛が禁止されない場合は別の相手と代償行為をすることがある。
 ぼくは光栄にもシュークのお眼鏡にかなったわけだ。
 シュークはぼくのペニスをヴァギナ状の口に含んでくれた。
 くちゅ、くちゅ。
 それは完全に粘膜に包み込まれる感覚だった。
「う…ああああ…」
 ぼくは思わずあえぎ声を上げた。これは本物のアノマロカリスより上かもしれない。なーんて…もちろん本物のアノマロカリスとできるわけないし、できたとしてもするつもりはないのだけれど…。
「実は上下の歯を歯茎の中に引っ込めることができるようになってるの」
 シュークはちょっとした種明かしをしてくれた。でも多分それだけじゃない。上の口の中でも締め付けることができるように括約筋を移植されているように思える。
 シュークが再び上のヴァギナでぼくのペニスを咥え込む。
 ぼくはたまらず上半身を後ろにそらしてシュークの下のヴァギナに顔を近づける。ほぼ無臭だ。有機人形の中には「ロリータ」や「マドンナ」のように性器から芳香がする品種もあるが、「スノーホワイト」は無臭だ。
 とにかく少しでも別のことで気を紛らわせないとすぐにでも射精してしまいそうだ。
 ぼくはシュークのヴァギナにキスして外側から中心に向かって螺旋を描くように舐め始めた。シュークの感じやすい部分は知っている。シュークの息が荒くなる。
「…っん、もう、じらさないでよぉ」
「だめだよ。すぐには大事なところは舐めてあげないよ」
「お願い。許して…」
 シュークは半分泣きながら懇願する。
「だめ。まだだよ」
 ぼくの舌がシュークの大陰唇に沿って描く円は半径を縮めないままだ。
「許してえぇぇえええええぇぇぇ!」
 シュークが泣き出した。うーん、ちょっと苛めすぎたかな?
 ぼくはシュークのクリトリスを優しく剥いてあげた。
「ンンうううううンンン!」
 シュークがぼくのペニスを歯茎で強く噛み締めると同時にシュークのピンクのヴァギナから大量の白酒のようなかすかに甘酸っぱいものがあふれ出る。
「く……フううッ………」
 ぼくも我慢できずにシュークの上のヴァギナの中に精を放った。

 ぼくはシュークの下半身への愛撫を続ける。シュークの下の蕾からは断続的に蜜が溢れ出る。ぼくのペニスは勃起したままだ。上のヴァギナからペニスを引き抜き、シュークの上に重なって下のヴァギナに挿入しようとする。
「だめっ」
 シュークは軽く微笑んで、しかしはっきりと拒絶した。力任せに強引に押し切ればあるいはシュークは折れたかもしれない(本気の力ではシュークの方が上だろうけど…)。だけどこのときはそうする気にはなれなかった。
「さっきじらしたことへのお返し」
 シュークはそう言ったが、むしろぼくの秘密主義に対する不信の方が大きいのだろう。
「ごめん」
 ここは謝るしかない。ぼくは心の中で誓った――いつか…できれば近いうちに必ず話すから…。
 ぼくたち二人は湯船に浸かって時にはお互いの体をまさぐりながら、お湯がぬるくなるまでゆったりとした時間を過ごした。

                           に続く

inserted by FC2 system