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 夕暮れの人気のない路地裏、破れた雑誌の切れ端が風に舞う。半野生化した品種改良トゲオアガマ(砂漠のトカゲの一種)がゴミ箱をあさっている。
 ぼくは灰緑色のチュニックに小さな手荷物一つで、ついさっきこの街にたどり着いた。
 あたりが暗くなりつつある中、ぼくは空を見上げて小柄な体を精一杯伸ばして爪先立ちになり、それから両の手のひらを広げて下に向けて伸ばす。この行為に大した意味はないけど、精神を集中させるための一種の儀式みたいなものだ。
 それからぼくは赤黒い網目模様に彩られた薄いヘルメットのような「耳」を澄ます。どんな街でもこの黄昏時は心地よい。昼間の喧騒では「雑音」が多すぎて聞こえないさまざまな波長が頭に飛び込んでくるから。
 遠くのビルの上に壊れかけてところどころ光らない部分のあるネオン看板が見える。その中で、この世のものとは思えないほど美しいといわれる改造有機人形アノマロカリスが微笑んで化粧品か何かの宣伝をしている。
 こんな辺境の独裁国の街にも娼館イグドラシルは根を伸ばしているんだ…と思ったら、ぼくはなんだか妙に可笑しい気分になった。…いや、笑っている場合じゃない。
 ぼくはどうやら囲まれたらしい。
         

「お嬢ちゃん、道に迷ったのかな?」
 いつの間にかぼくの周りに汚い身なりの男が四人、ぼくを囲むようにして近づいてくる。スキンヘッド、金髪、デブ、ひげ…スキンヘッド男がリーダー格だろうか?
 一応、この国の言葉は…確か先生に習ったことがあったから彼らの言っていることはだいたい分かる。
「ん…? よく見ろ! こいつは有機人形だ! ほら、この前のトーゴー通りの…何つったか…例の店で似たようなの見たろ」
 …そう、ぼくは有機人形(オルガドール)だ。有機人形とはヒトの遺伝子を改良して作られた人工生物だ。さらに使用目的に合わせて外科的に肉体改造されることもよくある。
 有機人形は一般的にヒトに比べて細身で、一目でそれと分かることが多いが(特に純血種)、雑種の中には見分けがつきにくい個体もいる。
「こいつもその店のやつかもな」
「…じゃあ見せしめにやっちまおうか。どっちにしろこんな時間に一人でいる有機人形に何しても罪にはならねえしな」
 金髪男がナイフをちらつかせながら物騒なことを口にした。有機人形を傷つけても傷害罪にはならないし、殺しても殺人にはならない。ヒトではない、別の生物だからだ。
 人権なんかない。…まあ、器物破損にはなると思うけど。
 …なんて呑気なことを言ってられない。心を研ぎ澄ませるまでもなく、どす黒い感情が濁流のようにぼくに襲い掛かってきた。
――彼らはぼくを犯して殺すつもりなのだ!
 そう…他の多くの有機人形と同じように、ぼくには簡単なテレパス能力が遺伝的に装備されていて、ある程度は他人の心が読めるのだ。「心が読める」といっても相手の心の中が手に取るようにわかるわけではない。怒り、喜び、悲しみ…といった感情が読み取れる…という程度だ。
 この辺のことはテレパス能力のない有機人形や人間には説明しても分かりにくいかも知れない。犬が嗅覚で汗や呼気に含まれる微量のアドレナリン等を感知して他の生物の心理状態を感じ取るのに近いかもしれない。
 …いや、ちょっと違うか…。人の脳波の変化によって放出されるある種の電磁波を感知するのだから。
 そして強い感情は時に映像や言葉にならない叫びや悪臭すら伴ってぼくの脳に直接飛び込んでくる。
 まさに今がその状態なのだ!
(犯してやりてぇ犯してまくりてえ犯しぇぇぇこの女のヴァァァギナにおれ様のぶっといのをねじこんで泣き喚くその口にもぶち込んで指を一本ずつ切り落として腕を切り落としたらあそこの締まりはすげえぇぇだろうなぁぁぁぁぁ目ンンンンン玉刳り貫いて腹割いてザーメンぶっかけてぇぇぇぇぇぇえええええええぇぇぇぇ)
 全員がほぼ同じような欲望をむき出しにている。四人が四人とも、だ。それが渾然一体となってぼくの脳をめちゃくちゃにする。恐怖とおぞましさで気が狂いそうだ。
「まずは、じゅうぶん楽しませてもらうとするかぁぁぁ…ククク」
 スキンヘッド男が汚い手を伸ばしてぼくの長いクリーム色の髪を掴み、もう片方の手でぼくのあごを「くいっ」と持ち上げる。ぼくの目の前にスキンヘッド男の顔がくる。あとの三人も顔を近づけてきた。
「く…なんて綺麗な面してやがるんだ。こんな綺麗な女、間近で見たのは初めてだぜ。こ…こいつをやれるのかと思うと…」
 男たちの心に神々しいものに直面したときの畏れに似た感情が芽生えるが、すぐにそれを蹂躙できるという背徳的欲望が取って代わる。
「白くて…お人形さんみたいな肌…へへ…」
「青い…おっきなおめめ…じゅるるる」
「ほ、細くて長い手足…これをぶった切れるのかと思うと…たまんねえ」
 ひげ男がぼくの右の太ももを舐め始めた。背筋に悪寒が走る。
 スキンヘッド男がぼくのヘルメットのようなものを外そうと力を入れる。…ちょっと痛い。
「ちっ。取れねえや」
 スキンヘッド男はすぐに諦めて、ぼくのチュニックの胸元を掴んで乱暴に引っ張る。胸の部分が破けてぼくの左胸があらわになった。
「…ん? こいつオスだったか? 胸がねぇ」
 スキンヘッドとデブは一瞬あからさまにがっかりしたようだった。だが、金髪とひげは特に気にするふうでもない。
「どっちでもいいだろ」
「そうそう、有機人形ってのは人間サマにご奉仕するために作られた生き物なんだからよ」
 …ちょっと違う…。
「まあ、オスの方がフェラチオはうまいって言うしな」
「…つうより、こいつ外見はほとんど女じゃねえか。有機人形ってみんなこんなんか?」
「まあとにかくメスだと思って犯りゃあいい」
「穴が一つ少なくなっただけ…だな」
 スキンヘッド男が気を取り直して自身の股間のジッパーを下ろしてペニスを露出させた。既に勃起している。他の男たちもジッパーを下げ始めた。スキンヘッド男がぼくのヘルメットを上から押し下げる。
 ぼくは怖気づいてその場を動くこともできない。心臓の鼓動が早くなるのが自分でもわかる。
「しゃぶれ」
 …と言いながら、スキンヘッドの男は自らの硬いモノをぼくの口の中に無理やりねじ込んできた。これじゃあ舌を噛むこともできない。こんなに太くて硬いペニスごと噛み切れる力はぼくにはない。
 ぼくは舌を動かした。それの裏側の敏感な部分を探るように…。それは一種の本能だった。そしてそうすることがぼく自身の生存確率を少しでも高める方法でもあった。
「おおおぉぉおおおおぉぉ! これはたまらん!」
 スキンヘッド男は雄たけびを上げ、彼のそれは脈を打ちながらますます猛り狂って喉の奥まで侵入してくる。苦しい! 涙が出てくる。
 他の男たちが後ろに回ってぼくのチュニックの裾を捲り上げる。ぼくはこのとき、フリルつき水色の女物のパンツをはいていた。
 「やっぱりな」といった感じで男たちがニヤリと笑う。
 …いや、だって男物のパンツをはくのはちょっと恥ずかしいでしょう。
 男たちはぼくの両腿を持ち上げてパンツを脱がし始めた。ぼくはあえて抵抗しなかった。今のぼくにこの男たちに抗える力はない。そんなことをする意味はない。
 多分、太いモノを挿入されたら出血するだろう…。
 スキンヘッド男がぼくのヘルメットを押さえる両手に力をこめる。彼のモノがぼくの口腔から喉の中で痙攣する。…それとほぼ同時に男たちの誰かがぼくの左手首を掴んだ。そして、その左手に激痛が走った。
 金髪男がナイフでぼくの左手を地面に串刺しにしたのだ。ぼくの左手から血がどくどくと流れ出る。ぼくは心の中で自分の名前を叫んだ。…と同時に気が遠くなるような感覚になる。
「気が早ぇなぁ。そぉんなに血が見たいんかぁぁああ?」
 ひげ男が笑いながも興奮して狂騒状態になっている。
 …ぼくはその声を他人の耳を通して聞いていた。

 まだわずかに残る夕日の残照と遠くのビルのネオンが照らし出す塀に声にならない悲鳴がこだまし、優美なシルエットが躍動する。

 すっかり暗くなった路地裏に四人の男が全員、喉を鋭利な刃物か何かで掻ききられ、血を流して倒れていた。もちろん四人とも生きていない。
 ぼくは破れたチュニックの上からもっと露出度の低いワンピースを重ね着してそそくさとその場を後にする。ぼくが殺したわけじゃないけど、官憲に説明するのは厄介だ。まあ捕まったら十中八九、「処分」されるだろう。
 確か…「トーゴー通り」だったかな…? あの男たちが話題にしてた…。それが先生…ぼくの担任だったイワシ先生が新しく開いたっていう店だろうか? …まあ、結果的には手がかりがつかめて良かった…かな?
 喉の奥にはまだ精液のいやな感じが残っている。…にもかかわらず、ぼくの左手の傷はもう出血が止まり、かさぶたができていた。
 東の空を見上げると廃ビルの上で木星が輝いていた。

                                 に続く

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